千葉地方裁判所 昭和57年(わ)202号 判決 1982年5月27日
主文
被告人を懲役一年二月に処する。
未決勾留日数中五〇日を右刑に算入する。
この裁判の確定した日から三年間右刑の執行を猶予する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、
第一 昭和五七年一月二五日午前一〇時三〇分ころ、千葉市《番地省略》所在のハイム桜木一〇一号室を賃借して居住するA子(当時三四才)方において、同人管理の四畳半の部屋のガラス戸に石を投げつけて窓ガラス一枚を破壊(被害額五、六〇〇円相当)し、もって他人の器物を損壊したうえ、右割れ目から手を差し入れ、右ガラス戸の施錠を開けて同室内に故なく侵入し
第二 同月三〇日午前二時ころ、前同所において、右A子管理の四畳半の部屋のガラス戸に石を投げつけて窓ガラス一枚を破壊(被害額五、六〇〇円相当)し、もって他人の器物を損壊したうえ、右割れ目から手を差し入れ、右ガラス戸の施錠を開けて同室内に故なく侵入し、
第三 同日午前六時ころ、前同所において、A子管理の六畳間のガラス戸を物干竿で叩いて窓ガラス二枚を破壊(被害額合計一万一二〇〇円相当)し、もって他人の器物を損壊し
第四 同年二月一〇日午前七時ころ、前記A子方及び前同所五五九番地の九先道路上において、同女に対し、その頭部、顔面を手拳で殴打したり、その肩部、脇腹部、臀部などを膝蹴及び足蹴にする暴行を加え、よって、同女に全治約五日間を要する左側頭部、左頬部、左肩、左臀部各打撲傷及び口内粘膜挫創の傷害を負わせ
第五 公安委員会の運転免許を受けないで
一 昭和五六年一二月一二日午前一時一一分ころ、同市千城台東二丁目一二番地付近道路において、普通貨物自動車(千葉四五そ三四〇六号)を運転し
二 昭和五七年二月二日午前一一時ころ、千葉県君津郡袖ヶ浦町蔵波一、九七六番地付近道路において、普通貨物自動車(横浜四五さ六二三九号)を運転し
たものである。
(証拠の標目)《省略》
(法令の適用)
被告人の判示第一及び第二の各所為は、それぞれ刑法二六一条、一三〇条、罰金等臨時措置法三条一項一号に該当するが、右各器物損壊と住居侵入との間には手段結果の関係があるので、いずれも刑法五四条一項後段、一〇条により一罪として犯情の重い各住居侵入罪の刑で処断することとして所定刑中懲役刑を各選択し、判示第三の所為は同法二六一条、罰金等臨時措置法三条一項一号に、判示第四の所為は刑法二〇四条、罰金等臨時措置法三条一項一号に、判示第五の各所為は道路交通法一一八条一項一号、六四条に、それぞれ該当するので、いずれも所定刑中懲役刑を選択し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により最も重い判示第四の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役一年二月に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中五〇日を右刑に算入することとし、情状により同法二五条一項を適用して、この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予し、訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項但書により被告人に負担させないことにする。
(補足説明)
判示第一及び第二の事実中の器物損壊の点並びに判示第三の事実は、いずれも河野彰が所有し、A子が同人から賃借居住していたハイム桜木一〇一号室の窓ガラスを被告人において石を投げつけるなどして損壊したという事案であるところ、刑法二六一条所定の器物損壊罪は告訴を待って論ずべき罪であり、本件記録上は賃借人たる右A子が右各窓ガラスの損壊につき告訴をなしたことは明らかであるが、窓ガラスの所有者たる河野彰が告訴をなしたとの事実は認められないから、右各損壊罪につき告訴権者は所有者に限られると解すれば、右各罪については親告罪につき告訴を欠くことになる。
しかし、本件の如く建物賃借人がその賃借建物の窓ガラスを損壊されることにより、同人が有している右建物を平穏且排他的に使用収益できるという利益を害された場合に賃借人の右利益が所有者の権利とは又別個独立に保護されるべきことは当然であり、本来器物損壊罪が親告罪とされた趣旨が同罪による損害が通常軽微なことが多いため、その処罰の要否を被害者の意思にかからしめたものであることに徴すれば、強姦罪等と異なり所有者以外の者にも告訴権を認めたとしても特段不都合な点は考えられないから、器物損壊罪について考えるならば刑事訴訟法二三〇条に定める「犯罪により害を被った者」とは、必ずしもその物の所有者のみに限ると狭く解する必要はなく、本件事案のもとでは窓ガラスの損壊につき建物の賃借人も又告訴権を有するものと解するのが相当であり、前記各器物損壊罪については賃借人たるA子により告訴がなされていること前述のとおりであるから、この点に関し公訴提起の手続に欠けるところはないものといわねばならない。
(量刑の事情)
本件犯行は、別れた元の同棲相手に対し、同女が現在他に交際している男性がいるにもかかわらず、未だ被告人に未練があるかのようにふるまい被告人を愚弄したとして、深夜執拗に同女一人が賃借居住するアパートの窓ガラスを割り、同室内へ無断で侵入し、不在の折には同室内で勝手に飲酒したり、室内を汚したりして同女の帰宅を待つなどの行為を繰り返し、口論に及んだ末、ついには同女に暴行を加え傷害を負わせるに至ったというもので、起訴事実以外にもかなりの同種余罪が認められ、その侵入の態様、回数及び無抵抗な女性に一方的に暴行を加えていること等に徴すればその犯情悪質であり、判示第五の事実についても、同種罰金の前科が二回あるにもかかわらず、無反省に本件無免許運転に及び、その後も繰り返し運転を行っており、無免許運転の常習者であると認められ、以上総合すれば、被告人の自己中心的な物の考え方、規範意識の欠如には看過し難いものがあるといえる。
しかし、被告人には右道路交通法違反以外には特段の前科もなく、本件で初めて身柄の拘束を受け今までの身勝手な生き方を反省し、前記A子との関係も冷静に考え得るようになり、又、幸い同女の怪我も軽く、ガラス代等の被害弁償も一応済んでおり、無免許運転に関しても、自己所有自動車の処分手続を進めている等の酌むべき事情もあり、これらの諸事情を併せ考えるならば、被告人に対し、今一度、自力更生の機会を与えるのが相当と思料され、主文のとおり量刑した次第である。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判官 河村吉晃)